自己開示はどこまで?男が増やすべきなのは量ではありません

暗いバーカウンターに斜めに置かれた二つのグラス。片方だけが手前に寄っている 実践・距離感

自分のことを、どこまで話していいのか。
話しすぎて重いと思われるのも、話さなすぎて何も伝わらないのも避けたい。

先にお伝えします。その線は存在しません。
正確に言えば、線を探す行為そのものが、間違った目盛りの上で行われています。

「どこまで」という問いは、量に上限があることを前提にしています。ですが実測を見ると、話した量を増やしても好意はほとんど動いていません。動いているのは、別の変数です。

結論だけ先に

  • 効いているのは量ではなく深さ/親密度で操作した研究は d=.324、話した量で操作した研究は d=.195
  • 量を増やしても好意は動かない/高開示と低開示の差は d=-.010。ゼロと区別がつかない
  • 男が開示した場合の効果は確認されていない/開示者が男性の24件は d=.105。女性は d=.304
  • 同じ話でも場所で符号が反転する/公共の場で見知らぬ相手への開示だけが d=-.308
  • 覚えるのは3つ/自分の話は全体の3割まで、1回の場で2本まで、その場で深さは0段動かす

「どこまで」を量で探している限り、答えは出ません

暗い机の上で、浅い皿と細く深いグラスが並んで置かれている

自己開示と好意の関係は、半世紀にわたって調べられてきました。1994年に、それまでの研究を統合したメタ分析が発表されています。

94の効果量を集めた分析で、全体の効果は d=.281 でした。「自分のことを話す人のほうが好かれる」は、確かに成立しています。
問題は、その中身です。

この分析では、自己開示を2通りのやり方で測っていました。ひとつは深さ、つまり話題の親密度。もうひとつは広さ、つまり話した時間や自分に関する発言の本数です。

操作した変数件数効果量 d
深さ(話題の親密度)72件.324
広さ(話した量・時間)22件.195
Collins & Miller(1994)Effect 1 より。両者の差は有意(Qb=5.60, p<.05)

差は有意でした。同じ「自己開示」でも、親密度を上げたときのほうが、話す量を増やしたときより効いています。

そして、量のほうはもっと厳しい結果が出ています。

低・中・高の3水準を設けた研究群を取り出した分析があります。
高開示と低開示の差は d=-.010。中開示と低開示の差は d=.089。どちらもゼロと区別がついていません。

つまり、話す量のつまみを大きく回しても、好意の側は動いていません。
「どこまで話すか」という問いは、動かない変数の上で最適点を探している状態です。

探しても見つからないもの
「ここまでなら話していい」という量の上限。量を変数として扱う限り、正解の値は出てきません

実際に動いている変数/話題の親密度(深さ)、話す相手との関係の段階、話す場所の3つ

男が自分の話をしても、好意は動いていません

開示者の性別で分けた結果

同じメタ分析には、もうひとつ見過ごせない結果が入っています。
開示した側の性別で分けると、数字が割れます。

開示した側件数効果量 d統計的有意
女性53件.304あり
男性24件.105なし(ゼロと区別不能)
Collins & Miller(1994)Effect 1・開示者の性別による分割

女性が開示した場合は、好意が上がっています。
男性が開示した場合、24件をまとめた効果は d=.105 で、ゼロと有意差がありませんでした。

男女を同一研究内で直接比べたのは11件で、そのうち6件は差なしと報告されています。「女性のほうが有利」と読むには根拠が足りません。
ですが、男性側で効果が確認できていないという事実のほうは、そのまま残ります。

ここが、この記事を書いている理由です。
「自分のことを話せば距離が縮まる」という話は、男が自分に当てはめて実行したときに、そのまま再現される保証がありません。

この分析が示しているのは「男は話すな」ではありません。「量を足す方向の努力は、男の場合、報われた記録がない」です。この2つは別のことです。

同じ話が、場所を変えると逆に働きます

夜の街路に立つ人物の肩から下のシルエットと、背後を流れる人の影

もうひとつ、この分析には研究の型ごとの内訳があります。
ここに、符号が反転する箇所があります。

状況件数効果量 d
関係が続いている相手6件.845
実際に会話した初対面の相手54件.378
やりとりを外から見ただけ28件.191
公共の場で見知らぬ相手に打ち明けた6件-.308
Collins & Miller(1994)研究パラダイム別の内訳

最後の行だけが負の値です。しかもこの6件は、均質性検定が有意になりませんでした(Qw=6.23)。
ばらつきではなく、負の方向で一貫しているということです。

公共の場で、まだ関係のできていない相手に個人的な話を出すと、好意は上がらず下がります。
話の中身は同じでも、置く場所が変われば結果が反転します。

「どこまで」は、話題の側だけでは決まりません。相手との段階と、その場の性質が同時に効いています。

私が場所を間違えた話

数年前、2回目に会った相手と店を出て、駅までの15分を歩いていたときのことです。
店の中で仕事の話が続いていた流れのまま、私は前の職場を辞めた経緯を話し始めました。

信号待ちで人が周りに立ち、相手は前を向いたまま短く相槌を打ちました。
私はそこで止められず、駅の改札まで話し続けました。次の約束は決まりませんでした。

中身が重すぎたのだと、しばらく思っていました。
違いました。同じ話を、席に座った状態で出していれば結果は変わっていました。私は話題を間違えたのではなく、場所を間違えていました。

話すほど気持ちよくなるのは、聞き手ではなく自分です

暗い室内で口元だけに光が当たり、手はテーブルの上で止まっている

では、なぜ人は放っておくと話しすぎるのか。
2012年に、この問いを金額で測った研究があります。

この研究はまず、人間の発話のうち30〜40%が、自分の主観的な経験を他人に伝えることに使われていると報告しています。話す内容の3分の1から4割が、自分についての報告です。

そのうえで、参加者に選択をさせました。
自分について答えるか、他人について答えるか、事実問題に答えるか。それぞれに違う金額を付けて選ばせています。

参加者は、自分について話す機会のために、1回あたり1セントを放棄しました。

金額そのものは小さなものです。重要なのは向きです。
自分の話をすることは、話し手にとって支払う行為ではなく、受け取る行為だということです。

使ってはいけない目盛り
「今日はよく話せた」「盛り上がった」という手応え。これは自分が報酬を受け取った量であって、相手に伝わった量ではありません

ここが、この問題のいちばん厄介なところです。
話しすぎているとき、本人の側には「うまくいっている」という感覚が立っています。ブレーキを踏む理由が、体感の側に存在しません。

私は一度、食事中の会話を録音して自分の発話時間を測ったことがあります。
体感では半々のつもりでした。実際は42%でした。手応えは、常に少なめに出ます。

3割・2本・0段。これだけ決めれば足ります

暗いテーブルの上に、間隔を空けて置かれた三つの小さな石

上限を探すのをやめて、3つの数字を固定します。
その場で判断しないための設計です。

STEP 01

自分の話は、全体の3割まで

放っておくと3〜4割に届きます。体感は実際より低く出るので、狙いは3割ではなく「3割で止める意識」に置いてください。

2時間の食事なら、自分が話している時間の合計は35分前後。時計を見る必要はありません。相手が2回続けて相槌だけになったら、そこが超過の合図です。

STEP 02

1回の場で出す自分の話は、2本まで

本数を先に決めておくと、その場で「これは話していいか」を判定しなくて済みます。判定は、話したい気持ちが強いときほど甘くなります。

2本を使い切ったあとは、聞く側に回ります。話題が尽きた状態ではありません。持っているものを次に残した状態です。

STEP 03

その場では、深さを0段動かす

深さを上げるのは、場と場の間だけです。1回の食事の中で段を上げないでください。上げたくなる瞬間は、たいてい自分が乗っているときです。

次に会うときに1段だけ上げます。会う回数を段の数として使うと、判断が要らなくなります。

場所の条件は、これだけです

  • 席に座っている(歩きながら出さない)
  • 周りの人が入れ替わらない(駅・路上・店の入口では出さない)
  • 相手が返事をしなくても間が持つ場所である

3つとも、公共の場での開示が唯一の負の値だったという結果から逆算した条件です。
この3つを満たさない場所では、深い話を出さないでください。

深さとは、重さのことではありません

段を上げるときに間違えやすいこと

「深さを上げる」と聞くと、より重い話を出すことだと考えがちです。
ここが、いちばん事故の多い場所です。

  • 重さ/聞いた側に、対応の義務が発生する話。今も続いている問題、金銭、健康
  • 深さ/自分の判断の理由が見える話。何を選んで、何を選ばなかったか

段を1つ上げるとは、2番のほうを1段進めることです。
「前の会社を辞めた」は事実です。「辞めるとき、給与よりも移動時間を優先した」は判断です。後者が深さにあたります。

1番は、深さではなく相手への負荷です。負荷を増やしても親密度は上がりません。
返事をどうするか考えさせた時点で、それは開示ではなく依頼になっています。

広く届ける努力と、深く残す設計は別のものです

ここまでの話は、量を増やしても届く範囲は広がらない、という一点に集約されます。
効いているのは濃度であって、面積ではありません。

同じ構造は、会話以外にも出てきます。
量を足すほど強くなると考えて失敗しやすいものが、もうひとつあります。

よくある質問

自己開示はどこまで話していいですか

量に上限を設ける必要はありません。1回の場で自分の話を2本まで、全体の3割までに収め、深さはその場で動かさない。この3つで足ります。話題の中身より、本数と場所を先に決めてください。

自分から話さないと、何も伝わらないのではないですか

伝わる量は、話した時間ではなく親密度で決まっています。深さで操作した研究は d=.324、量で操作した研究は d=.195 でした。2本を深く出すほうが、10本を浅く出すより残ります。

初対面でどこまで踏み込んでいいですか

実際に会話した初対面の相手では d=.378 と効果が出ています。踏み込むこと自体は問題ありません。避けるべきは場所です。歩きながら、人が入れ替わる場所で出した場合、この分析では効果が負に転じています。

話しすぎたかどうかは、どう判断しますか

自分の手応えでは判断できません。自分について話すこと自体が話し手にとっての報酬になるため、超過しているときほど「うまくいった」という感覚が出ます。相手が2回続けて相槌だけになったかどうかを目安にしてください。

弱みや失敗談は話したほうがいいですか

出す順番と中身で結果が変わります。本記事は量の配分を扱っているため、弱みそのものの扱い方は別記事に書きました。

相手のほうが多く話してくれる場合はどうしますか

3割の上限は据え置きます。相手が多く話している状態は不均衡ではありません。聞く側に回っているうちは、こちらの残り本数が減りません。次の場に持ち越せます。

まとめ

  • 量の上限を探すのをやめる。量を増やしても好意は動いていない(d=-.010)
  • 深さで操作した研究は d=.324、量で操作した研究は d=.195
  • 男性が開示者だった24件の効果は d=.105。ゼロと区別がついていない
  • 公共の場・見知らぬ相手への開示だけが負(d=-.308)。しかも一貫している
  • 自分の話は全体の3割まで。1回の場で2本まで
  • その場で深さは0段動かす。上げるのは次に会うとき1段だけ
  • 深さは重さではない。判断の理由を見せることが1段になる

開ける量を決めるより、開ける場所を決めるほうが先です。

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