蓋を開けて、指の腹でなでた。
表面に指の跡が残っただけで、何も取れなかった。
そのとき、疑ったのは缶の中身だったはずです。
劣化したのか、それとも最初からこういうものなのか。
疑う先が違います。
固さを決めているのは中身ではなく、昨日その缶が置かれていた場所の温度です。
先に結論をお伝えします。温めるのは缶ではありません。指です。
そして固い日に道具で削り取ると、つける量は増えます。
結論だけ先に
- 原因/固さのほとんどは室温。日本薬局方の常温は15〜25℃、冬の居間の平均は16.7℃
- 判定/表面が均一なら冷え。縁が痩せて割れていれば乾き。乾きは戻りません
- 手順/指の腹を表面に10秒当てる。そのあと、なでるのは1回だけ
- 道具/スパチュラ・綿棒・爪は0本。指が受ける抵抗が量の目盛りだからです
- 置き場所/暖房器具の近くと窓際を外して、室内の引き出しへ
固いのは、缶の中身が悪いからではありません

練り香水は、香料をワックスと油分に練り込んで固めたものです。
常温で固体を保つ設計になっています。
ここで手がかりになるのが、その原料そのものに書かれている性状です。
ミツロウとワセリンは、日本薬局方に規格が定められています。
医薬品の軟膏の基剤として使われる、同じ系統の素材です。
| 素材 | 融点 | 規格に書かれている性状 |
|---|---|---|
| サラシミツロウ | 60〜67℃ | 白色〜帯黄白色の塊。冷時では比較的割りやすい |
| 白色ワセリン | 38〜60℃ | 全質均等の軟膏様物質。加温するとき、澄明な液となる |
日本薬局方 サラシミツロウ/白色ワセリン 各医薬品インタビューフォームより。いずれも貯法は「室温保存」です。
注目すべきは、融点ではなく右の列です
「冷時では比較的割りやすく」。
冷えると硬く脆くなることが、規格の性状として最初から書かれています。
そして練り香水は、これらを含む混合物です。
融点に達するかどうかとは関係なく、そのずっと手前から硬さが動きます。
固いという状態は、劣化の兆候ではありません。その缶が置かれていた温度の記録です。
冬の部屋は、そもそも「常温」ではありません

化粧品の保管は、直射日光と高温多湿と激しい温度変化を避けて常温、が原則です。
日本化粧品工業会が消費者向けにそう案内しています。
問題は、この「常温」を何度だと思っているかです。
- 標準温度=20℃/判定の基準になる温度
- 常温=15〜25℃/「常温で保管」と書かれたときの範囲
- 室温=1〜30℃/常温より広い。冬の部屋もここに入ります
- 冷所=1〜15℃/冷蔵庫だけを指す言葉ではありません
第十八改正日本薬局方 通則8より。微温は30〜40℃と定められています。
ここに、冬の日本の家で実際に測られた室温を並べます。
断熱改修を予定する住宅、約2,090世帯の実測値です。
| 場所 | 冬季の平均室温 | 薬局方の区分 |
|---|---|---|
| 在宅中の居間 | 16.7℃ | 常温の下端 |
| 就寝中の寝室 | 12.6℃ | 冷所 |
| 脱衣所 | 12.8℃ | 冷所 |
国土交通省スマートウェルネス住宅等推進事業/一般社団法人日本サステナブル建築協会
「住宅の断熱化と居住者の健康への影響に関する全国調査」
スマートウェルネス住宅等推進調査委員会資料(2019年2月)より。
寝室の枕元に置いた缶。
洗面所の棚に置いた缶。どちらも冬は冷所にあります。
ここまでで確定すること/冬に固くなるのは正常な反応です。缶の側は何も壊れていません
私が洗面所に置いていた冬
私は以前、髭を剃ったあとの流れでつけたくて、洗面台の引き出しに入れていました。
動線としては正しい判断です。
ところが12月に入ってから、朝だけ取れなくなりました。
同じ缶が、帰宅後の夜には問題なく取れます。
変わっていたのは中身ではなく、朝と夜の脱衣所の温度でした。
ただし、温めても戻らない固さがあります
固さには2種類あります
ひとつは冷えです。温度が戻れば硬さも戻ります。
もうひとつは乾きで、こちらは温めても戻りません。
乾きの原因は、蓋の閉め方です。
容器の口元に中身が付いていると蓋が正しく閉まらず、中身が乾燥して固くなることがある。
日本化粧品工業会はこの点を、保管の注意として明記しています。
冷えて固い(戻ります)
表面が平らで均一。斜めから光を当てると、全体が同じように鈍く光る。指の跡がきれいに残る
乾いて固い(戻りません)
縁が痩せて中央がへこんでいる。表面が粉をふいたようにマットで、細かい割れが入っている。缶の内側の壁に乾いた線が残っている
判定にかかる時間は30秒です。見るのは中央ではなく、縁です。
中央は指が触れるので、乾いていても均されて見えます。
冷えた缶は待てば戻ります。乾いた缶は、何度温めても戻りません。
乾いていた場合、直す方法はありません。使い切る方向に切り替えてください。
そのうえで、次の缶では蓋を閉める前に口元を拭う。それだけで再発しません。
道具で削り取った瞬間、量の目盛りが消えます

ここからが本題です。
固い缶を前にしたとき、多くの手はスパチュラか綿棒か、自分の爪に伸びます。
取れます。ただし、取れた量は指のときと違います。
練り香水の量は、何で測られているか
液体の香水はプッシュ回数で量が決まります。1回は常に1回です。
練り香水にその目盛りはありません。
代わりに使っているのが、指の腹が受ける抵抗です。
硬ければ抵抗が強く、同じ力でなでても取れる量は減ります。
柔らかければ抵抗が弱く、取れる量は増えます。
指は、その日の硬さに合わせて量を勝手に調整しています。
量を決めていたのは、あなたの意思ではなく、その日の硬さと指の抵抗です。
スパチュラと綿棒と爪は、この抵抗を素通りします。
面ではなく点で当たり、なでるのではなく削るからです。
硬い表面から削り取ると、指のひとなでより厚い塊が取れます。
硬いほど取りにくいはずが、道具に持ち替えた瞬間に逆転します。
道具に持ち替えると起きること
抵抗というセンサーが働かなくなり、その日の適量が分からなくなります。多いか少ないかを判断する材料が手元から消えます
増えた分に、自分では気づけません
ここが厄介な点です。量が増えたことを、自分の鼻は教えてくれません。
同じ香りを嗅ぎ続けると、その香りに対する感度だけが落ちます。
つけた本人にとって、増えた分は増えたように感じられません。
私は去年の1月、朝の缶が固くて取れず、爪の先で削って手首につけました。
いつもと同じつもりでした。
昼過ぎに、隣の席の同僚から「今日、なんか香りますね」と言われました。
指摘されたのは、その日だけです。
量を変えた自覚はありませんでした。変えていたのは、取り方です。
温めるのは缶ではなく、指です

STEP 01
縁を見て、冷えか乾きかを決める(30秒)
蓋を開けて、缶を斜めに傾けて光を当てます。縁が痩せていなければ冷えです。この先に進んでください。
STEP 02
指の腹を表面に置いて10秒待つ
こすらず、押し込まず、ただ触れたまま止めます。触れている面積の分だけ、表面が緩みます。缶全体は冷えたままで構いません。
STEP 03
なでるのは1回。取れなければもう10秒
二度なでしないでください。1回で足りないのは温度がまだ足りないからで、量が足りないからではありません。二度なでは量を倍にする操作です。
STEP 04
手首の内側で、500円玉1枚分に伸ばす
量は取れた厚みではなく、伸ばした面積で確定させます。その範囲で透明になれば適量です。白く残るなら取りすぎているので、手の甲で拭ってください。
缶ごと温めない理由
ドライヤー、湯煎、電子レンジ、ポケットに入れて体温で温める。
どれも表面ではなく全体を動かします。
高温や低温、激しい温度変化は化粧品の品質低下の原因になることがある。
暖房器具の近くを避けるよう案内されているのは、この理由からです。
やってはいけないこと
缶ごと加熱する/熱い湯に浸ける/暖房の吹き出し口に置く/窓際の日なたに出して待つ
もうひとつ、一度全体が溶けて固まり直した缶は、表面の状態が元と同じになりません。
同じひとなでで取れる量が変わります。
置き場所を決めれば、来年の冬は起きません
満たすべき条件は3つです
- 暖房器具の近くではない/吹き出し口の前は温度が上下しすぎます
- 窓際ではない/直射日光が当たり、夜は外気に近い温度まで下がります
- 人がいる部屋にある/冬季の平均で、居間と寝室には約4℃の差があります
この3つを同時に満たす場所は、ほぼ一択です。
普段いる部屋の、引き出しの中。
洗面所と玄関と寝室は、冬に温度が落ちます。
上着のポケットは逆に、体温で温まり続けます。
置き場所をひとつ決めるだけで、この問題は毎年起きなくなります。
固さが仕事をしている、と考える
ここまで書いてきたことを裏返すと、別の見え方になります。
硬さは、その日の量を勝手に決めてくれている仕組みです。
硬ければ少なく、緩めば多く。
指がその都度、ちょうど届く範囲に収めています。
自分の鼻は、香りの量を測れません。測っているのは指です。
道具を挟むというのは、その唯一の目盛りを外すという意味になります。
覚える数字は3つ/温めるのは10秒。なでるのは1回。使う道具は0本
よくある質問
固まった練り香水を、溶かして固め直してもいいですか
やめてください。固まることと、元に戻ることは別です。
一度全体が溶けた缶は表面の状態が変わり、同じひとなでで取れる量が変わります。
冷えているだけなら、溶かす必要そのものがありません。
冬は冷蔵庫から出せば柔らかくなりますか
そもそも冷蔵庫に入れないでください。
化粧品は冷蔵庫に入れる必要がなく、出し入れによる温度変化は品質の安定性を損なう要因として案内されています。
冬の冷所対策として冷蔵庫を使う理由はありません。
スパチュラは絶対に使ってはいけませんか
衛生上の理由で使う場合は、削らずに面で当ててください。
問題は道具の存在ではなく、点で削って抵抗を飛ばすことです。
取れた量は、必ず手首で面積に置き換えて確認してください。
買った直後から固い場合はどうしますか
配送中と保管中の温度で冷えている可能性があります。
室内の引き出しに24時間置いてから、もう一度10秒の手順を試してください。
それでも縁が痩せて割れているなら、購入元に状態を伝えてください。
夏と冬で、つける量を変える必要がありますか
意識して変える必要はありません。
手首の内側で500円玉1枚分に伸ばす、という面積の基準を固定してください。
季節で硬さが動いても、肌に乗る量は同じところに収まります。
まとめ
- 固さのほとんどは室温。日本薬局方の常温は15〜25℃で、冬の居間の平均は16.7℃
- 就寝中の寝室は12.6℃、脱衣所は12.8℃。どちらも「冷所」の範囲に入る
- 縁が痩せて割れていれば乾き。乾いた固さは温めても戻らない
- 缶ごと温めない。指の腹を表面に10秒置く
- なでるのは1回。取れなければ、もう10秒待つ
- 量は厚みではなく、手首の内側で500円玉1枚分の面積で確定させる
- 置き場所は、暖房器具の近くと窓際を外した、普段いる部屋の引き出し
香りは、強さでは記憶されません。同じ強さで繰り返されたときに、記憶されます。


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